管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第41回は「スコア研究」(5)、「移調楽器とその読み方」。
吹奏楽の指揮をするうえで重要な「移調楽器」についての第2回です。
ミニコーナーは前回に引き続き「指揮の原則」です。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(35)スーパー学指揮を目指すあなたのための「スコア研究」(5)前回のコラム
では「各楽器の大体の音域」についてお話ししましたが、そのイメージを持つことができましたか?
今回は、吹奏楽のフルスコアの読み方の中で重要になってくる「移調楽器」とその読み方を中心にお話ししていきましょう。
吹奏楽で使用される楽器の中で、楽譜上の「記譜音(楽譜に記譜されている音)」と「実音(実際に聴こえる音)」が同じではない楽器があり、主に3つの調性の楽器グループに分かれます。
1・Bb(実音でシのフラット)→記譜の「ド」の位置で「シのフラット」が鳴る
2・Eb(実音でミのフラット)→記譜の「ド」の位置で「ミのフラット」が鳴る
3・F(実音でファ)→記譜の「ド」の位置で「ファ」が鳴る
それぞれのグループには、以下のような楽器があります。ここでは現在吹奏楽に通常使用される楽器だけを紹介します。
1(Bb)・Bb管クラリネット、バスクラリネット、ソプラノサックス、テナーサックス、トランペットなど
2(Eb)・Ebクラリネット、アルトクラリネット、アルトサックス、バリトンサックスなど
3(F)・イングリッシュホルン、フレンチホルン(金管楽器のホルンのこと)など
それぞれの記譜音実音の関係性をわかりやすい図にしたものが以下になります。
稻垣征夫監修、磯崎敦博執筆「吹奏楽指導全集」(同朋社)より引用、岡田追記
このように、多くの場合それらのグループは「2度」か「5度」で関係性を持っています。
また、in Ebで記譜されているト音記号の楽譜は、調号こそ異なるとはいえin Cで記譜されているヘ音記号の楽譜と同じ位置になるという情報は有益です。in Ebからin C に読み替える場合はフラットを3個付け、逆の場合は3個外します。それは「Eb」つまり「変ホ長調」の調号がフラット3つで構成されているからです。同様にin Bbはフラット2つ、in Fはフラット1つを同じような考え方で増やしたり、減らしたりすれば良いのです。
それではより詳しく、各楽器の「記譜音」と「実音」はどのような関係を持っているのかを見てみましょう。
F・エリクソン/伊藤康英(訳)「バンドのための編曲法」(東亜音楽社/音楽之友社)より引用、岡田追記
この図は基本的には音域の高い楽器 が上の方に、音域の低い楽器が下の方に記載されています。
実音表記の楽器の中で、記譜音よりも「1オクターブ高い」音が出るのがピッコロ、「1オクターブ低い」音が出るのがコントラバスをはじめとした楽器群です。
移調表記される楽器は、Ebクラリネットを除いては主に「中音域」もしくは「中低音域」を担当しています。
理由としてはそれらの楽器の実音域がト音記号の下部分とヘ音記号の上部分にあるため、その都度音部記号を変えて書かなくても良いようにするためであると同時に、演奏する人が読みやすいように「移調して記譜されている」のです。
Ebクラリネットについては実音で記譜すると、ト音記号の上部分、五線よりも上に音符が集まってしまい楽譜が読みにくいので移調された記譜になっているといえます。移調して記譜されているのは、皆さんに嫌がらせをしているわけではなく、合理的な理由があるのです。
吹奏楽ではあまり目にしない「アルト記号」で記譜されている楽器に、弦楽器のヴィオラがあります。「アルト記号」は「シの位置が実音ド(C)」になります。
ヴィオラ奏者の人に、「アルト記号はどうすれば読めるようになるのか?」と聞いたことがあります。答えは非常に単純明快なもので「慣れだ!」という答えが返ってきました・・・。移調楽器の読譜も上に示した図を参考にしながら、多くの楽譜を読み慣れることが最良の近道だと思います。
トロンボーンやファゴットの楽譜で稀に「テナー記号」が登場します。これは「レの位置が実音ド(C)」になります。調号こそ違えど、「in Bb」の楽譜と記譜の音高は同じです。トロンボーンやファゴットの 人は覚えておきたい知識です。
移調楽器の読譜は「習うより、慣れろ」が習得の最短距離なのかもしれません。
参考資料として、移調早見表を掲載しておきますので参考にしてみてください。
稻垣征夫監修、磯崎敦博執筆「吹奏楽指導全集」(同朋社)より引用
【ミニコーナー】続々・学生指揮者のための、指揮法以前の指揮の原則
これまで「間接運動」という指揮法の根幹になる技法の原理についてのお話をしました。今回は「直接運動」という運動に属しながらも、指揮をする上で間接運動の次に重要な運動である「先入法」のお話です。
「先入」という言葉だけを聞いても、それがどのような運動かイメージが湧かないかもしれませんね。僕もこの言葉を初めて聞いた時はそうでした。
「先入」・・・読み方は「センニュウ」と読みます。名前はニュルッとしていますが、指揮法的にはズバッとした明瞭な技法です。
まず、日本を代表する指揮法のバイブル的書籍「指揮法教程」ではどのように説明されているのかをみてみましょう。
先入は、前拍の点後運動の後、裏拍「ト」を停止運動ではっきりと示して、次拍のTempo,Rhythm及び音の性質・性格のより明確な指示を与え様とする指揮法である。
齋藤秀雄「指揮法教程」(音楽之友社)より
文章の硬さもあって、先入のことがわかったような、わからないような・・・ということでもう少しくだいて解説してみましょう。
引用した文章の中にある「点後運動」とは、ある点からその裏拍の点「ト」の位置をつなぐ運動のことをいいます。点後運動は放物運動の法則に従うと、点の瞬間が最も速度が速く、裏拍に向かって徐々に減速していく運動です。
指揮法における「間接運動」は「点」→「点後」→「裏拍ト」→「点前」→「点」が連続するものです。逆にいうと「直接運動」はその間接運動の法則から外れた技法のことを指します。
先入法も「点後運動はあるが点前運動がない」ので直接運動に分類されます。
先入法を使用する場面は、リズムの躍動感を感じる曲想だが、テンポが「打法を使うには遅く、しゃくいを使うには速い」テンポの場合です。そのような曲想やテンポの曲を指揮する際に、この技法が役に立ちます。
齋藤秀雄「指揮法教程」(音楽之友社)より引用、岡田追記
これまでの説明を図で示したもので、先入法の原則を示しています。この図形は「浅い先入」と言われるもので、比較的リズムの躍動感の少ない曲に使用されることが多いです。
実際の場面では、以下のような先入の図形を用いることが多いです。
齋藤秀雄「指揮法教程」(音楽之友社)より引用、岡田追記
先入法とは、実は読んで字の如く「次の拍の先で待って、点の位置で一気に動き出す」技法です。その待つ位置が前拍の裏拍であるため、リズムやテンポを明確に感じることができ、点で一気に動き出すことでバネのある曲想をイメージさせることができます。
また、音の準備と出だしが明確になるため、「ここが決めどころ!」というような部分で使用することで入りのタイミングや勢いを揃えるのにも有効な技法です。応用としてはエネルギーの強烈な発散を求められるような曲の出だしにも先入法を使うことができ、緊張感のある開始を視覚化することができます。
このような便利な技法ですが、多用すると逆に見にくい指揮になる可能性もあるので気をつけましょう。「あの指揮者は先振りだから・・・」というような話を聞いたことがあるかもしれませんが、この「先振り指揮者」の正体は先入法を多用している指揮者だという可能性があります。
簡単に習得できる技法ではありませんが、間接運動の習得とあわせて先入法についても研究してみましょう。
かつては「先入法の裏拍での静止はタバコの灰を落とすようにやる」と教えられたのですが、最近はタバコを吸う人も少なくなっているようですのでなかなかイメージが湧きにくいかもしれませんね。
実は先入の運動は弦楽器のボウイング(運弓法、弓の動かし方)をヒントにしたといわれています。
音を出すために弦楽器の弓を少し弦から離れた場所から、弓の毛を弦に置いて弓を弾いて音を出すという動作が先入法の動きのもとになったと言われています。これは齋藤秀雄先生が日本を代表するチェロ奏者であったということも影響していると思います。
学校の部活などにコントラバスの人がいたら、そのボウイングの動きを見せてもらって、もし可能であればそれを教わって楽器を弾いてみてください。何か先入法や指揮法のヒントを得られるかもしれませんね。
僕はコントラバスを演奏していましたので、その例えがとてもよく理解できました。指揮者になる人にコントラバス奏者が多いのは、単に「合奏中は暇だから全体を観察することができる」からではなく、このような理由もあるのかもしれません。
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!(これまでの連載はこちらから)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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